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2005/07/24: "食通と称する人の本を読むと意地悪な気分になる。"

この3日ほど、山口瞳を始め、北大路魯山人、丸谷才一、開高健、吉田健一、谷崎潤一郎、内田百�痢∪侈喞焼察�池波正太郎、邱永漢、森須滋朗、篠田一士、更には吉行淳之介、田中康夫・・・と名だたる自称食通たちの食い物批評、食い物随想本を読み漁ったのですが、どうもこれは良くありません。 読んでるうちにだんだんと自分の根性が悪くなって行くのが分かります。 行ったことも食ったこともないくせに、「やっぱり、あの店はその程度だったんだ。」とか「なるほど、あの料理人はそんなヤツだったのか。」とか「思っていた通り、あんなものは旨いわけがない。」などと変に納得してしまいます。 それに、名指しの悪口を読んでいるのは実に気持ちのいいものです。 (私は絶対に名指しで人の悪口を言ったりはしません。)
旨いか、それとも不味いか・・・なんてのは個人の氏素性から発する問題な訳で、好きか嫌いか、気に入るか気に入らないか、イメージの範囲内かそれを超えているかの問題でもあるわけです。 とは言いながらも、以前は、そのかなりの部分は教養や知識の問題でもあろうと思い込んでいたのですが、どうもそう言うことでもないらしい。
どんな教養人、文化人でも酒、食い物、料理、料理人、料亭、レストラン、飲み屋、バーなどに関してのあれこれを文章にし始めれば、どうしても著者の本音が出てしまう訳で、その本性あるいは教養あるいは品性あるいは育ち、もって生まれた性格やら何やらがいくらヒマラヤ山脈よりも高い知性や日本海溝よりも深い教養で隠そうとしても知らず知らずのうちにカトマンズを通り越してムンバイやインド洋辺りまで降りて来てしまったり、遠州灘の沖合い水面上に浮かび上がってきてしまったりして、しかも本人たちはそれに気付いてもいなくて、料理や食材、はたまた料理人やら料理屋をもっともらしく分析、批評しながらの自己陶酔、古い表現で言えば<ラリ>っちゃってます。
などと不本意な悪口を言いながらも、彼らの博覧強記ぶりにはただひたすら脱帽、土下座です。
だって、ブリア・サバランはもちろんのことジョイスから王朝和歌、漢詩、江戸末期の聞いたこともないような文人の七言絶句まで引用しちゃったりするんですから。 特に丸谷才一氏は許せないなあ。 いくら国学院で教えていたとは言え、彼は英文学者でしょ? アンドレ・ローノイなんて知ってる人が居ますか? どうも、丸谷さんは司馬遼太郎と張り合っても勝てちゃいそうな感じです。 でも、英文学の大家、ジョイスの権威、日本を代表する教養人に「林檎とキューイのコンポート。」なんてことを書かれちゃうと、「えっ? もしかしてkiwi fruitsを知らないの?」と目が点になります。
ところで、司馬遼太郎は食物に関して何か書いてるんだろうか? 農耕作物としての食物には興味があっても、味や料理に関してはそれほどのこだわりは無かったのではないか、というイメージですね。 ふと、脈略も無く藤沢周平を連想してしまったのですが、あの人は鶴岡の食い物が一番だったんでしょうね。 <用心棒日月抄>を読めばすぐに分かります。 それに、鶴岡近郊の田舎教師でしたし、それに意地悪な人だったとも思えません。 それに<剣客商売>の作者のように、食物の描写で紙数を稼ごうなどという下卑た下心もなかったでしょうし。(ん〜、どうも根性が曲がり始めているなあ。 なんだか池波正太郎も嫌いになりだしたなあ。)
魯山人や田中康夫の下品さは当然としても(ん? 下品て悪口? だとしたら名指しの悪口になっちゃいますね。 まずいなあ。 ま、彼らの著書の感想ということで。 それに、あの品性下劣な雰囲気は彼らの狙いだったに違いありません。)、あの邱永漢や山口瞳、丸谷才一でさえも、「この人たちはこんなに根性が悪かったの?」とか「こんなに了見が狭かったの?」と驚いてしまいます。 ただひたすら「旨い、旨い、無言、絶句、絶品!!!」と喜んでいるのは吉田健一と開高健のご両者。 読んでいてほっとします。
(読むべし、<孔雀の舌>、<私の食物誌>、<舌鼓ところどころ>。)
昔、丸谷才一の「食通知ったかぶり」とか魯山人の「料理王国」なんてのはそれなりに納得しながら面白がっていたのですが、今度読み返してみたら開高健の方がはるかにまっとうな味覚の持ち主なんじゃないかなどと思ったりもします。(ただし、釣り師としての開高健はどうもよろしくありませんね。 釣というよりも殺戮です。 ベトナム帰還兵的な後遺症のせいなんでしょう。 「川は眠らない・・・」だなんて、違いすぎます。 「お前が昏睡状態にしたんだろっ!」と言いたくなります。 もっとも、秋月岩魚氏によれば、彼はかなり釣が下手だったそうで、まあ、それは一種の救いではあります。 でも、彼の釣行記は<ほら吹き男爵の冒険>みたいで実に面白いですよ。)
やはり、飲む、食う、寝るなんてことをネタにしてしまうと、いかな文章の達人、職人、理性の徒でも、ついつい本性が現われてしまうようです。 その点から言っても吉田健一はエライ。 彼の文章も凄いですけど。
有名人の書いた食い物の本なんてのは単なるエンタテインメントであって、参考書じゃないということが改めてよく分かりました・・・それにしても食い物の本が本棚のスペースを取り過ぎているなあ。 それに、これって猥褻図書に近いような気もしないではないし、死んだ動物の肉のカラー写真なんかが載っていたりしてかなりグロだし・・・。
当然と言えば当然なんですが、かの山本益博氏の本が1冊もありません。 でも、あんなヤツの本を買うヤツが馬鹿だなどと思ったことはありません。 そう言えば、「仕事がしてある。」などという変な日本語を使い始めたのはこの人ですよね。 <何でも鑑定団>のちょび髭のオジサンは後発だと思います。 で、丸谷才一氏がどこかで、この「仕事がしてある。」を評して、「こんな日本語の使い方もあるんですねえ。」などと慨嘆したら、当の益博氏はすっかり褒められたと思い込んでしまったらしく、言うに事欠いて「一度、是非とも御目文字いたしたく・・・」などと江戸時代のオカマのラブレターみたいなこと書いちゃったんですね。 丸谷さんは<御目文字>しちゃったんだろうか?
現長野県知事の著書、<いまどき真っ当な料理店 改訂版>(幻冬舎文庫)をお読みになりましたか?
これは面白い。 259ページまでは読む必要がありません。 気分が悪くなるだけです。
260ページ以降は読ませます。 時おり著者の首を絞めたくなるのも読書の楽しみです。
お勧めは315ページ以降の斉藤美奈子氏による解説です。 いやあ、東京の<田舎者文化>を実に的確に射抜いています。 この方は、長野県知事が嫌いなんでしょうね。 (私の場合は、名指しで悪口を言うようなはしたないことは出来ないので、ノーコメントですが。 彼の外見やファッションについてもとやかく言うつもりもありません。)
こんなことを書いてると際限がありません。 悪口は嫌いなんですが・・・。
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